HOME 博物館辞典 博物館カレンダー ちょっ蔵おいらい館 茶臼山自然史館  

総合案内
常設展示
特別展示
プラネタリウム
夜空の明るさマップ
移動博物館
移動観望会
講演会
講座
イベント
無料公開日
収蔵品
出版物
友の会
博物館情報
八幡原史跡公園散歩
長野歳時記
川中島合戦史跡散歩
エントランスホール
著作権について
ご意見・ご感想

 


八幡原史跡公園散歩 1 2 ページ

首塚
 永禄4年(1561)9月10日の激戦の後、武田方の高坂弾正が敵味方の区別なく死骸や散乱した武具を集めて埋葬した跡が首塚と言われています。現在、八幡社境内の「一条塚」と史跡公園南西隅にある「千人塚」の2カ所が残っています。


徳本塚
 江戸時代後期、各地に念仏を布教しに歩いた徳本上人は、晩年の文化13年に信濃を訪れました。すでに念仏行者として名声を集めていた徳本上人のもとには連日、上人の独特の書体で書かれた六字名号のお札を貰うために沢山の人たちが集まり、そこで与えられたお札の数は18万枚以上にものぼりました。上人はまた、各地で求めに応じ上人の六字名号を刻んだ石碑の開眼式も行っています。公園に立っている徳本塚も上人の手によって開眼されたことが記録に見られます。恐らくは、川中島合戦で散っていった多くの戦死者の供養として建てられたのでしょう。元は川中島の戦いで亡くなった雑兵たちの遺体を埋めたとされる首塚の上に立っていたといわれています。


八幡社の古井戸
 八幡社の境内の西北の隅にある井戸には、川中島合戦の際に戦死した何千という人たちの怨念がこもっているといわれます。この井戸をのぞき込むと、兵士たちの助けを求める声が聞こえたり、亡者の姿が現れ、のぞき込んだ人を井戸に引きずり込んでしまうそうです。




野外彫刻ながのミュージアム
 八幡原史跡公園には3体の野外彫刻が設置されています。

若きカフカス人
(特別記念出品)
ブロンズ製
昭和56年設置
作者:中原 悌二郎
  CLOUD17(暈)
アルミニウム製
昭和57年設置
作者:建畠 覚造
 
       
演技者
ブロンズ製
昭和58年設置
作者:吉田 芳夫
     
<< 前のページへ  

▲ページの先頭へ