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更新日:2026年2月10日
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僕は、夏休みの自由研究をきっかけに「にとはちさま」について調べました。
まず、「にとはちさま」とは、どんな人なのかを説明します。江戸時代初期、当時の長野市は、とても年貢(税金)が重くて農民の人たちは困っていました。そこで、みんなを代表して、下高田村(現在の長野市南高田付近)の助弥が、「年貢の玄米を2斗8升に下げてほしいです」と、江戸幕府に直訴に行きました。直訴は、見事に成功しました。しかし、当時、直訴はとても重い罪で、助弥は、打ち首になってしまいました。助弥は、最後に役人に向けてこう叫びました。「いいか、(年貢は)2斗8(にとはち)だぞ!」そこから「にとはちさま」という名前で、助弥は後の人たちに知られるようになりました。
僕は、「にとはちさま」のことをもっと調べたくなり、「劇団南部にとはち」で、「にとはちさま」の劇の演技指導をしている小池晃弘さんにインタビューをさせていただきました。
「にとはちさま」の劇は、古牧地区市制100周年記念事業として始まり、古牧小学校、緑ケ丘小学校、南部小学校の子どもたちが演者をしていて、今年度で22回目を迎えました。

20年以上この劇の指導をされている小池さんは、「演者の子どもたちには、助弥の義の心と、助弥のお母さんが命をかけてまで子どもを応援しようとした気持ちを忘れないでほしい」と願っているそうです。劇の本番で子どもたちは、大人の人たちがびっくりするくらい良い演技をしているそうです。
かつて演者として参加されていて、今は劇団スタッフの一人である菅沼翔さんは、「『にとはちさま』の本格的なお芝居の稽古や発表を通して、食べ物の大切さ・仲間の大切さ・人生の大切さを知ってほしい」と話していました。
小池さんは、一人でも多くの人に「にとはちさま」を知ってほしいと考えているそうです。

(左から)菅沼さん、小池さん

観劇をされた方から寄付していただいたわらじ
今回の取材を通して、「にとはちさま」の物語をもっと多くの人に知ってもらい、助弥の「義の心」や勇気が、現在の人の希望につながってほしいと思いました。
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